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青梅宿の名残りの猫たち

 日本近代詩におけるエポックメイキングのひとつである詩集『青猫』はじめ多くの作品をのこした萩原朔太郎でありますが、詩作品以外の数少ないもののひとつに「猫町」という小説があります。小説とはいっても400字原稿にして25枚ほどの中編ともいえないような短いもので、自ら「散文詩風な小説」と但し書きをしているように、現実と夢空間の境界を漂い歩くような幻想とも白昼夢とも断じがたい空間を描く不可思議な物語詩と言ってもいいでしょうか。
 現実の旅というものにすっかり興味を失って薬物による幻覚の旅に入りかけている主人公の詩人は、やがて方角知覚の欠落による磁力すなわち方角の錯覚によって、散歩の途中に不思議な影絵の町に入り込むようになる。そこである温泉宿に滞在中の出来事が語られるのでありますね。山道を歩くうちに迷い、迷い出た麓で、そんなところにあるはずのない繁華な美しい幻燈を見るような町にでくわします。

 すべての軒並の商店や建築物は、美術的に変った風情で意匠され、かつ町全体としての集合美を構成していた。しかもそれは意識的にしたのでなく、偶然の結果からして、年代の錆がついて出来てるのだった。それは古雅で奥床しく、町の古い過去の歴史と、住民の長い記憶を物語っていた。町幅は概して狭く、大通でさえも、漸く二、三間位であった。その他の小路は、軒と軒との間にはさまれていて、狭く入混んだ路地になってた。それは迷路のように曲折しながら、石畳のある坂を下に降りたり、二階の張り出した出窓の影で、暗く隧道になった路をくぐったりした。(「猫町」より)

 こんな町をさまよい歩いているうち不安が襲ってくる。何事かの非常が起る! 主人公の目に「空は透明に青く澄んで、充電した空気の密度は、いよいよ刻々に嵩まって来た。建物は不安に歪んで、病気のように瘠せ細って来た。所々に塔のような物が見え出して来た。屋根も異様に細長く、瘠せた鶏の脚みたいに、へんに骨ばって畸形に見え」てくるその瞬間。

 万象が急に静止し、底の知れない沈黙が横たわった。何事かわからなかった。だが次の瞬間には、何人にも想像されない、世にも奇怪な、恐ろしい異変事が現象した。見れば町の街路に充満して、猫の大集団がうようよと歩いているのだ。猫、猫、猫、猫、猫、猫、猫。どこを見ても猫ばかりだ。そして家々の窓口からは、髭の生えた猫の顔が、額縁の中の絵のようにして、大きく浮き出して現れていた。(同前)

 青梅の町では毎秋、アートフェスティバルと銘打っていろいろなイベントを企画しています。10年ほど前に「招き猫たちの青梅宿」という催しをおこなったそうでありますが、そのおりに朔太郎が小説に描いた不思議な山間の町と青梅を重ね合わせたものか、露地の小さな公園を中心にいろいろな猫たちのオブジェが見られます。そのイベントに合わせてこんなオブジェを設置したのかどうか、あるいは後のことになるのか、訊ねてみないと分りませんが、その古び具合からわたくしはたぶんそのおりの名残りの猫たちと判断しました。写真をランダムに紹介しましょう。猫好きにとってはたまらなく面白いところだと思いますが、一度訪ねてみてはいかがでしょう。
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by fuefukin | 2009-03-20 09:36 | 歴史散歩

日常の延長に旅があるなら、旅の延長は日常にある。ゆえに今日という日は常に旅の第一歩である。書籍編集者@福生が贈る国内外の旅と日常、世界の音楽と楽器のあれやこれや。


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