朔太郎のギター

 きのうはちょっと誘われて、真夏のような日差しにあぶられながら、おまけに三連休の初日とあってひどい渋滞に巻き込まれてしまいましたが、群馬の前橋まで出かけてきました。前橋文学館3階のホールで開かれた「朔太郎へ ロシアより愛をこめて」と題した小さなコンサートでしたが、テノールのワレーリー・イスリャイキンとソプラノのエレーナ・イオーノワというともにモスクワ国立オペレッタ劇場の人気スターでオペラでも活躍している二人をむかえてのプログラムは、朔太郎とプーシキンの詩の朗読、ロシア民謡を交えて、「カルメン」「エフゲニー・オネーギン」「オレルアンの少女」のアリア、「こうもり」「メリウィドウ」のアリア、二重唱など盛りだくさんで楽しませてくれました。とくにみごとに声量豊かなソプラノのエレーナは軽く踊りまで披露して、伴奏ピアノ1台だけの狭い舞台なのに、なんだか大劇場の舞台を最前列で見ているような錯覚さえ抱かせてくれました。
 前橋はわたくしの自宅から遠くでも近くでもないという微妙な距離にあって、いつでもその気になればすぐにでも行けるという気持ちも手伝って、ずいぶん前から敬愛する朔太郎ゆかりの文学館だけは訪ねたいと思っていながらなかなか機会がなく今に至っていましたが、誘ってくれた方のおかげで訪問を果たすことができました。
 前橋市街の中心地、よく整備された広瀬川に面して文学館は立っています。目の前にかかる橋は「さくたろうばし」と名付けられ、たもとにはつるりとした白皙の詩人らしい風貌がよく表現された、下駄を履いて散歩姿の詩人像(作・三谷慎)が川面を眺めています。
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 予定ではゆっくりと展示を見る余裕があるはずだったのですが、上述のような渋滞で閉館30分前というぎりぎりの時間になってしまい、夢中になって作品を読んだ高校生のころのことを反芻しながら感傷に浸ろう! などと考えていたのがそれどころではなくなりました。
 朔太郎といえばマンドリン、と直結していて、遠い記憶をたどってみればそうでもあったかというくらいにギターのことはすっぽりと現在のわたくしの認識から欠落していましたが、展示室の入口すぐガラスケースのなかに置かれた愛用のギターを見て、さてマンドリンとギター、詩人にとってはどちらが先だったのだろうかとおかしなことを考えたのでした。年譜をたどればいずれ分かることでしょうが、いま全集は別のところにおいてあるので確認できません。朔太郎をよく顕彰した同郷の詩人伊藤信吉さんに『ぎたる弾くひと——萩原朔太郎の音楽生活』という著書があることもなんとか思い出しましたが、これも手許になくもう40年近く前の刊行なのですぐに読むことはできませんね。
 朔太郎がこのギターを求めたのは明治末年ころ、イタリアのカタニア製と解説にあります。マンドリンの名製作地シシリー島のカターニアで製作されたもののようです。胴内部のラベルを見れば製作年や製作者が明記されているかもしれませんが、このギターが20世紀になってから作られて海を渡って朔太郎のもとで弾かれるようになったものか、あるいはその前世紀に作られてはるばる極東にまでやってきたものか、いずれにせよ胴のくびれが深くやや小振り、貝の象眼(ツバメですが頭部が剥落しています)で飾られるなど、19世紀ギターの特徴がよくあらわれた姿ですね。このギターで朔太郎は「機織る乙女」を作曲したのでしょうかねえ。機会があって許されるならばぜひ一度弾いてみたい。
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 館内は撮影禁止でありますが、この写真は許可を得て撮影したものですので誤解なきよう願います。


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by fuefukin | 2007-09-23 20:27 | Comments(0)

日常の延長に旅があるなら、旅の延長は日常にある。ゆえに今日という日は常に旅の第一歩である。書籍編集者@福生が贈る国内外の旅と日常、世界の音楽と楽器のあれやこれや。


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