バルカンへの旅 19. トレビニェへの道

 モスタルをあとにしてトレビニェに向かいます。
 昨年は路線バスでネレトヴァ川沿いに下っていったんクロアチアに入り、アドリア海沿いに南下、ボスニア領が回廊のように唯一海に通じているネウムでもう一度ボスニアを通り抜け、クロアチアの飛び地であるドブロヴニクに向かうという面倒なルートでした。
 今回、わたくしたちはボスニアの南東の端にある小さな町トレビニェに向かうため、昼食を街道沿いのレストランでとったあと、この路線バスのルートを左に外れ、石灰岩質の台地を抜けて行くのでありますが、時折車窓にドクロマークの黄色い標識が過ぎていきます。
 帰国後気になってあちこち調べているうちに、「ボスニア・ヘルツェゴビナ地雷除去活動センター」という機関のホームページに行き当たりました。そこにこんな地図があったのでちょっと拝借します。
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 ボスニア・ヘルツェゴビナ国内の地雷状況というか、まだ地雷の撤去が済んでいない場所が赤点で示されている地図であります。薄緑色の太い線が国境です。中央より右寄りやや下の青色の濃いところが首都サラエヴォ、その南南西がモスタル、ドブロヴニクは下端のアドリア海岸になりますから、わたくしたちがトレビニェを経由してドブロヴニクまで通って行ったルートもまさに地雷通りといってもいいほどですね。黄色のドクロマークの標識は「地雷注意!」のものでありました。
 もちろん鋪装されている道路自体は安全なのでしょうが、ボスニア全土の幹線の沿道の草むらや畑などには、先の戦争の痕跡がまだこんなにもはっきり残っているというのを、わたくしたちはじつに現実問題として見るわけであります。
 もちろんこの問題はボスニアだけでなく、カンボジアやアフリカ各地など全世界で同じように直面している課題ですが、特に対人地雷というのは残酷であります。生命に関わることも多々ありますが、たいがいは片輪にして戦闘人員を減らすのが目的でありますから。さらにもっと冷酷なおもちゃ型地雷の標的になるのは子供です。

 収穫したブドウを満載したトラックを、わたくしたちのバスがちょうど追い越すときの写真です。この道路はたぶんボスニア・ヘルツェゴビナの中のボスニア・ヘルツェゴビナ連邦とスルプスカ共和国の境界あたりを走っているものと思われます。左に正教の墓地が見えます。右手にはブドウ畑とその先は荒野が広がっておりました。
 いまにして鋪装の切れた路肩に未撤去の地雷があったらと考えると、ちょっと冷や汗ものであります。
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by fuefukin | 2007-01-06 01:25 | バルカンへの旅(2) | Comments(0)

日常の延長に旅があるなら、旅の延長は日常にある。ゆえに今日という日は常に旅の第一歩である。書籍編集者@福生が贈る国内外の旅と日常、世界の音楽と楽器のあれやこれや。


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