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5 馬と鹿と釣り人と

 狩猟フィッシングガイドのアムガが早朝、銃を手に出かけて行った。兎を探しに行ったらしいが、やがて手ぶらで戻って来た。獲物は? というみなの無言の問いかけに、アムガはわたくしたちのすぐそばで水辺の鳥に向かって銃を撃った。遠くの岸辺からセキレイのような小さな鳥が何羽か飛び立った。
 実際、順序は逆で、まずいきなり銃声が轟き、アムガを見たら向こうの岸辺に向けて構えた銃をおろすところであり、その銃口の向こうで鳥が飛び立ったのである。めいめいに食事をしていたり、片づけをしていたわたくしたちは、近くからのものすごい銃声にひどく吃驚した。わたくしたちはこんな至近距離の銃声なんて生まれてこのかた聞いたことがないものね。
 もちろんそんな小さな鳥を狙って撃ったのではなかったろう。ゲストである日本人に兎のひとつでも捕ってやろうかという思惑がうまくいかなかったことのちょっとした苛立ち、あるいは照れ隠しの悪戯心からの発砲であったかもしれない。
 しかし翌朝、てんでんばらばらに食事をしているわたくしたちのところに、アムガは意気揚々と引き上げて来た。腰のベルトをひも代わりにかなりの大きさのふたつの肉片に通して、振り分けにして担いで戻って来たのだ。両のポケットからは甲のついたままの足が飛び出ている。
 山中でとった獲物を解体し、肉だけにしてテント場まで帰るのはかなりの重労働だったろうに、そんな素振りはすこしも見せず、至極当然といった仕種で肉を吊るすと、両手でうやうやしくソフトボールほどの肝を差し出すのだった。
 その肝を目にするや否や、ドライバーはじめモンゴル人たちの目の色が変わった。先を争ってナイフで削ぎ取って口に運ぶ。血が滴る口にさらに血の色そのものの肉片を放り込む。またたく間に肝は消え失せた。
 チュルガンのおぼつかない日本語ではこの肉が何の動物なのかはじめ分からなかった。イノシシ? さてモンゴルにイノシシがいたかい? それじゃ何? 狼? 狐? そんなもの食わんだろう? それじゃあ鹿かい? 両手で角の恰好をしてみせると、そうだそうだというのだが、肝心の鹿という日本語が出て来ない。それを聞いていた村上画伯がすばやくノートを取り出して鹿の絵を書いてアムガに示すと、そうだそうだと破顔一笑。絵の持つ力はすごいねえ。一瞬で言葉を越えるんだものねえ。特に異言語間では抜群の効果だね。

 ウランバートルからの道中の村で馬の肉を仕入れた。チュルガンはタマネギ、ニンジン、ジャガイモなどの野菜とともに、シチュー風に煮込んだり、麺を入れたスープ仕立てにしたり、味付けは塩だけだが、毎食いろいろ工夫して作ってくれた。これらの食材に、鹿肉が加わったわけである。
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d0054076_1125214.jpgd0054076_112530100.jpgテント場に「馬」肉と「鹿」肉が吊るされた。これっていったい!? われわれのことかい?


 この日テント場を移動した。下流の何カ所かカーブのある深みや、過去釣れた実績のあるポイントをいくつか探って、結局何も釣れずに上流に戻って別な場所にテントを設営しなおした。やはり崖にぶっつけの深みがある近くだ。
 アムガはわたくしたちを呼んで、はるばる日本からやって来たのにビッグ・タイメンが釣れなくて済まない、ちょっと水量が多すぎるんだ、もっと水が落ち着けば釣れるんだがなあ、などと本当に済まなそうな表情を見せた。わたくしは、釣れる時もある、釣れないときもある、それは時の運次第、あまり気にするな、ドンッウォリと肩を叩いた。

 テントの設営もそこそこにフライロッドを持った村上画伯は下手へ、ルアーロッドを抱えた知来カメラマンは上手へ向かった。 Hiya 君はすぐ近くでルアーを投げている。わたくしはというと、川辺で笛を吹いたり、ドライバーのコムロにハーモニカを貸して、意外に上手な彼と一緒にモンゴルの歌や日本の曲を吹いたりして、日モ親善をはかっていたのだが、そこへ上手から「タイメン、タイメーン、タイメーーーン」という叫びが水面を渡って来た。
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 駆け付けるのに2、3分はかかったろうか。柳の林ががそこだけひと一人降りられるだけ空いている50センチほどの深さの川岸で、ロッドが下流に向かってぎゅっと絞り込まれている。流れに逆らって寄せようとすると、水中に黒い魚体が針から逃れようと頭を振っているのが見える。そんなやり取りを何回かくり返す。村上画伯が流れに入ってランディングを手伝う。わたくしはカメラを構える。魚をみなに見せて証明できたとひと安心したのか、「やったー、これで完結したー」などと知来カメラマンは鼻の穴をひくひくさせてわけの分からないことを叫んでいる。
 魚にメジャーをあて、リリースしたあともなお、興奮覚めやらぬ模様でヒットした時の様子やみなが駆け付ける前のことなどを喋るその顔は、前日アムガが鹿を背負ってテントに戻って来た折りの、ちょっと押さえたようないくぶん得意げなひくつく鼻の穴とだぶって見えたのだった。
 結局このタイメンが今回の一番となった。まさか、馬と鹿のパワーのおかげじゃあないよねえ。
by fuefukin | 2006-06-27 10:42 | モンゴル紀行(2)

日常の延長に旅があるなら、旅の延長は日常にある。ゆえに今日という日は常に旅の第一歩である。書籍編集者@福生が贈る国内外の旅と日常、世界の音楽と楽器のあれやこれや。


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