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座禅草

 霧ヶ峰車山肩に山小屋コロボックルヒュッテを創設してまもなく50年になろうとする手塚宗求さんは随筆家としても高名だ。雑誌の取材ではじめて手塚さんの許を訪れたのも、かれこれ20年ほど前のことになる。すでに三冊ほど随筆集を上梓されていて、わたくしの愛読書になっていたのだが、この取材がご縁になって、そのあと何冊か随筆集の出版をお手伝いすることになった。
 コロボックルヒュッテの裏庭のテラスに立つと、右手に車山が急角度にそびえ立ち、正面の車山乗っ越しの鞍部の向こうに蓼科山、乗っ越しにつづく左手には蝶々深山がゆるやかなスカイラインを描いて八島ケ原湿原に落ちていく。目前に広がるのは車山高層湿原だ。このように広闊として視界を遮るものがなく、人工物といえば登山道脇に設けられた鉄線の柵くらいなもので、あとはあますところなく季節ごとにさまざまな色の絨毯が敷き詰められる。蓮華躑躅にはじまり日光黄菅、松虫草の大群落も見事だが、白一色に塗り込められる冬の雪原も美しい。
 手塚さんは高原の花にまつわる話をまとめた本の冒頭に、春一番に姿を見せる湿原の花と、湿原に迷い込んだ4頭の犬の話を書いている。湿原に棲む狐と遭遇してやっかいなことになるのを恐れた手塚さんは、犬の注意をひこうと狐の鳴き声をまねて叫んだ。つづけて狼の遠吠えらしき声をあげる。それが届いたのかどうか、しばらく躊躇した犬たちは後ずさって、やがてもと来た稜線に向かって一斉に逃げ出した。
 しかし、犬たちは狐や狼の声を恐れたのではなく、ひょっとしたらこの花に追い立てられたのではないかと想像するのだ。
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「花穂をつつむ仏焔苞を、不気味な爪と私は言ったが、まさにあの鋭い悪魔の絵によく描かれる巨大な爪が、犬の野性を恐怖させたのかもしれないと思った」(『高原の花物語』より)
by fuefukin | 2006-03-28 13:22 | 花の写真

日常の延長に旅があるなら、旅の延長は日常にある。ゆえに今日という日は常に旅の第一歩である。書籍編集者@福生が贈る国内外の旅と日常、世界の音楽と楽器のあれやこれや。


by fuefukin
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