ヤマセミ(山翡翠)飛ぶ溪で 続続々(連載ーおしまい)
2012年 06月 28日
巣穴がなにやら気になるらしく、しきりに覗き込むような気配を見せていたが、ひとしきりキョロキョロ周囲を見回したあと飛び立っていった。いちばん多くやってきたのはヒヨドリだった。セキレイも何種類か。夕刻には子連れの鹿もやってきたぞ。雨模様でいくらか暗かったものの、あまりに遠慮なしに堂々とやってきてヤマセミの巣穴の直下の草を食んだりしているので、わざと大きな音を立てると急ぐふうもなく林の奥へ駆け逃げた。iPad 片手に、一方では文庫本をめくりながら静かに観察していると、濃密な野生の気配が充満しているのを感じることができる。おかげでシャッターチャンスを逃すこともたびたびであったな。
さてこんなふうにして5月の連休後からほぼ毎週観察を続けてきたが、どうやら出かけられなかったこのウィークデーに巣立ってしまったらしい。らしいというのは、わたくし自身は目撃も観察もできなかったが、そう教えてくれた人がいた。教えてくれた人も巣立ちの瞬間には立ち会えなかったらしいが。
そこでわたくし自身のメモランダムのためにも、これまでの経過をあらためて記しておきたい。
崩壊して土がむき出しになった崖に穴を発見したのは2月の半ばころだったような記憶がある。
3月の半ばに庭で作業をしていると、けたたましい鳴き声とともに2羽のヤマセミがあらわれて頭上を飛び交った。電柱のてっぺんに止まってあたりを睥睨するように眺めたあと飛び去った。おそらくこのころにカップリングが成立して交尾、4月の半ばから後半にかけて産卵がおこなわれたのではないかと推測する。
4月の末から5月にかけての連休のころには、訪れる人も多くて騒がしく、薪割りのチェンソーのけたたましい音まで響かせたので、あるいは巣を放棄してしまうのではないかという危惧もあったが、なんとか継続してくれた。わたくしが実際に撮影を始めたのはこのころからだ。それまでは周囲に姿を見せても動きが素早く、とても撮れないと思っていたが、崖に見つけた穴で営巣していると確認できたので、待てばなんとか撮影できると考えたのだ。
ところが最初はファインダーの枠から出てしまう、そして巣穴に飛び込んだ直後の尻尾しか撮れない、と失敗続き。いつ飛んでくるのか、どのくらいの時間巣穴のなかにいて、いつ飛び出すのか、そのタイミングがまったくわからなかったからだが、観察を続けるうちにいくらかわかってきて、ようやく全身を撮影できたのは5月も末近いころだった。この間におそらく孵化があったのだろう。
最初に餌の小魚をくわえて巣穴に入ったのを確認できたのも同じころだったか。6月に入ると、イワナかアマゴかの区別がつくくらいの6、7センチ近い魚をくわえてくるようになった。
さらに6月半ば近くなると、それ以前は頭から入って頭から巣穴を飛び出ていったものが、後ずさりをして尻から出てきて、巣穴の出入り口で振り返るようにして飛び飛び立つようになった。巣穴のなかでUターンできないほど、あるいは餌を欲しがるヒナが殺到してUターンできないほど育った証拠だろうと考えられる。さらに巣穴にいる時間が短くなり、ときには巣穴に入って姿が見えなくなったとたんに飛び出るというようにもなった。このころが食欲が旺盛で、親がいちばん忙しいころだったろう。ほぼ1時間に一度、ときには♂♀連続で給餌に戻ってくる。
最後の観察は6月の最週末。給餌の間隔が3時間以上にもなった。ずっと観察していられなかったので、撮影もほとんどできなかった。そしてその週の半ばにめでたく巣立ったというわけだ。
巣立ちのときを観察できなかったのは残念だったが、それはそれで仕方ない。それより、環境が戻ったことでカワセミの数が増えたように、この谿でより多くのヤマセミたちが生活していけるよう願わずにはいられない。生息に適した数というのもあるかもしれないが、再生産が可能な豊かな川を残せるようにすれば、自ずと生物相も豊かになるに違いない。それは来年またヤマセミに会えるという約束にもつながるからだ。
さてこれにてヤマセミの記事はおしまい。緑の谿を飛ぶ姿が撮影できたらまたご覧いただくこともあるかもしれないが、これからは目下の懸案であるわたくしの崩壊しているパソコン作業環境の回復に注力しなければならない。