キノコ長者か!?

 そろそろ近所でもキノコが出始めているかと、多摩川を越えていつもの支流沿いの丘陵の森へ出かけてみる。森への道に入ったとたんに後悔した。防虫スプレーを忘れたのだ。あっという間にヤブ蚊の群れが殺到し、耳元でブンブンうなり始め、半袖の肘のあたりに何匹もつきまとって飛び回るのが見える。だがひるむわけにはいかない。キノコを探さねばならない。
 両腕を止まらないように動かしながらヤブ蚊を牽制する。頭に掛かるクモの巣を避けながら、視線はコナラの根元に向ける。すると、そこに、薄褐色の幾重もの傘が、見える。
 あった、あった、ありました。ナラタケモドキでありますね。非常においしい、というほどではないが、いい出汁が出る。汁の実や麺のつけ汁にいいが、モドキと名前についているようにナラタケほどではない。それでもおいしいほうの部門に入れていい天然キノコである。ほぼ1年ぶりに、そそくさと収穫して車の座席に積んでおく。
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 さて、そんな日の夕刻、支流沿いの風がよく通るベンチでローホイッスルの練習。普通のホイッスルに比べて息の量を多く必要とするので腹式呼吸の訓練にもいいが、なにしろ日頃の不摂生に練習不足、こうやってたまに取り出してうろ覚えのリールやホーンパイプをやっても、2コーラスもやればはあはあぜいぜいで続かない。困ったものでありますなあ。
 流れを見ながら適当に吹いているところへ、下流から釣り竿を持った老人がやって来た。きょう(9月1日)からころがし釣りが解禁になったのでアユを掛けているという。目の前の深みに仕掛けを投げ入れて竿を引き、即座に1尾掛けた。
「一発で掛けたねえ、お見事」
「いやあ、トモが全然だからな。このごろのアユは追いやしない」
「やっぱり養殖もんはダメ?」
「このごろ習性が変わっちまったようだね」
「そろそろ落ち始めるころだね」
「もう腹に卵持ってるのもいるさ」
「そりゃうまそうだ」
 などと流れを挟んで両岸から話す。
 ご存知の通り、初夏からの友釣りというのは、掛け針をつけた囮アユを糸の先に結んで流れに泳がせ、縄張りを作っているアユが侵入者を体当たりで追い払うときに掛け針に引っかかるという、アユの習性を見極めた釣法だ。だからアユが縄張りを作るという習性を失った瞬間に、わが国が古くから積み重ね発展させて来た友釣りという釣法は作用しなくなる。老人との会話はそんな最近の変化を語ったものだ。
 すぐ上手の堰堤で釣りを終えた老人は仕掛けを収めて、川岸の階段を上がって来た。笛を口にくわえながら、どうも、と目で挨拶するわたくしに、「食うかい、アユ」と老人。
「ええ、いただきます」と急いで笛を離して返事をする。遠慮などしない。
「なんか、ビニールの袋あるかい」
 車から取り出した古新聞をひろげて、ここに、と指すと、囮缶からつかみ出して3尾出してくれた。
 大きいのが1尾混じって、老人はちょっと惜しそうな表情を見せたが、礼を言うわたくしに、
「なに、取るのがおもしれえからいいんだ」と鷹揚な態度である。見習わなければなりませんね。
 帰りかける老人に、
「キノコ食べますか、前の山で昼前に採ったばかりの」とキノコの名前を言う。
「ぼくがいつも食ってるやつだから大丈夫」と念を押して手渡す。
「ナ、ラ、タ、ケ、モ、ド、キ。ナ、ラ、タ、ケ、モ、ド、キ、だね」
 老人は一語一語区切って覚えるように繰り返した。

 こうしてワラシベならぬナラタケモドキと交換で得たアユ3尾の話の続きは、ちょうど時間切れでまた明日。
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Commented by ごまねこ at 2010-09-03 14:22 x
いい型のアユですね。うちのジサマも良く並べてみせてくれました、自慢でもあったようでした。オクラの花は今夏、ドライブインで買いそこなって後悔してます。
Commented by fuefukin at 2010-09-04 09:00
手前の大きいのは♀で、もう卵を持ってました。塩焼きにして卵もおいしくいただきました、はい。
by fuefukin | 2010-09-02 10:12 | 森のキノコ | Comments(2)

日常の延長に旅があるなら、旅の延長は日常にある。ゆえに今日という日は常に旅の第一歩である。書籍編集者@福生が贈る国内外の旅と日常、世界の音楽と楽器のあれやこれや。


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