笹の花

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 この写真はこのあいだの日曜日、乙女高原付近の登山道ですが、通り道の緑の草に比べて周囲の林床の枯れ色が気になります。歩き始めてからどこか変だな、何かおかしいなと感じていたのですが、そんな違和感を感じたのは、林床で多少くすんで見えるもののこの時期にはもっと緑色であっていいはずの笹原のせいでした。そう思って改めて周囲を見渡してみると、全面枯れ色と言ってもいいくらいの状況であります。
 わたくしは眼鏡をかけても1.0に足りないくらいの視力で、ふだんから注意深くしていないと見るべきものも見えないで通り過ぎてしまうことが多い。多いというより自然観察のときばかりでなく大半がそんなことの連続であるのでありますが、同行していたAさんの、「なんだか笹の穂がずいぶん出てるなあ」という一言ではたと思い至りました。もしかしたら笹の花が咲くんじゃないか、咲いているとしたら絶対見たい、撮影したい、「開いている、咲いている穂があったら探して」と頼んだのでした。
 山の野生児とも自然児とも目されるAさん、まだまだほとんどが穂の状態のなかからあっという間に探してくれました。同じイネ科の米や麦と同様、穎が開いて雄しべが伸びている状態の(昨年撮影した稲の花と見比べてみて)、まさに笹の開花の写真がこれであります。
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 熊が棲息するような山に生えているからとか、熊のように大きい笹だからクマザサ=熊笹と思っていましたが、葉に白い隈取りがある笹を総称して隈笹と言うようですね。いずれにしても、笹にしろ竹にしろ、花が咲くのは数十年に一遍とか、60年あるいは120年の周期で、咲いたあとは全部枯れる。そんな年は凶作だとか、不吉なことが起こるとかいう話が各地に残っているのは周知のとおりでありますね。
 開高健の小説に『パニック』という短編があります。とある県庁の林務課に勤務する主人公が120年ぶりに実を付けた笹を見てネズミの大発生を予想し、対策を講じるための報告書を提出するが、役所のルールを破った頭越しの提出の仕方で提案は無視される。やがて春になって予想どおりネズミは大増殖して樹木の皮をかじり、田畑を食い荒らし、人家を襲い、やがて人間の赤ん坊にまで食いつくようになる。結末は新しい読者に読んでいただくしかないが、自然界と人間社会双方のドラマをうまく組み合わせ、さらに集団と個を描いて秀逸。開高文学出発時点の記念碑的作品であります。未読の方はぜひどうぞ。
 笹の花、わたくしは生まれてはじめての観察でしたが、不吉なこと、悪いことが起こらないよう祈りたいと思います。
 ちなみに飛騨地方ではこのクマザサの実を野麦と呼んでいたそうであります。クマザサが咲く年は凶作、そんな年は救荒物として野麦を団子にして食べたことから、クマザサの原だった峠を野麦峠と呼ぶようになったらしい。日本近代の製糸産業を陰で支えた糸繰り女工たちの哀史とあわせて、なにやら物悲しい響きの峠の名でありますね。妊娠してしまった女工が飛騨へ帰る途中、厳しい峠越えで流産してしまうこともあって野産み峠、転じて野麦峠となったと山本茂美さんの小説『あゝ野麦峠』にあるらしいが、読んだことはあるものの、そんな一説があったことはすっかり忘れております。視力だけでなく記憶力もありませんなあ、わたくしは。


【写真追加】
山の小屋の庭に雑草除けに播いた西洋芝の一種、かえってはびこって邪魔にされる始末。上の笹の花を撮影した同じ日、この西洋芝も開花していました。同じような花ですね。
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Commented by ごまねこ at 2010-06-16 08:10 x
竹も開花後に枯れる、といいますね。笹の花とは考えもしませんでした、珍しいものです、ありがとう。富士山はこの残雪が一番‘わかりやすい‘かもしれません・・・
Commented by fuefukin at 2010-06-17 10:58
竹の開花にはまだ遭遇したことはありませんが、上述のように米や麦、さらにトウモロコシも花はそっくりですね。
Commented by 笹の観察人 at 2010-11-05 07:28 x
花はスズタケですね。でも、ずいぶん背丈が低い気する。笹は咲き始めると、何年も咲きます。開花した場所が枯れて隣接部分が枯れる様にして3年、5年、10年と続く。何年で終わるかは場所によりいろいろ。終わってみないとわからない。
ミヤマクマザサは同じ場所で何年も咲いている。開花範囲は小規模であんまり広がらない。広範囲の一斉開花に発展または枯れずに終了しそう。どちらかは終わってみないとわからない。アズマネザサは枯れたり枯れなかったり。規模が小さく、場所が多い。一二年で終わったり、10年以上続いたりばらつきが激しい。
多分、目の前の開花は何十かある開花パターンのひとつに過ぎないと考えたほうがいいような感じがする。
竹や笹の開花は、咲く時期が桜と重なる種属が多いので、視界に入っていても気づいていないことが多い。
by fuefukin | 2010-06-16 08:03 | ネイチャーフォト | Comments(3)

日常の延長に旅があるなら、旅の延長は日常にある。ゆえに今日という日は常に旅の第一歩である。書籍編集者@福生が贈る国内外の旅と日常、世界の音楽と楽器のあれやこれや。


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