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麦秋

 こういう言葉も周囲から麦畑がどんどん消えて、都市部農村の風景にほとんど見られなくなったいま、季語にだけは残るとしても、やがて死語になっていくのでしょうか。もはや戦前生まれは4人に1人、大半が麦畑も麦踏みも、ましてや麦秋という言葉の存在すら知らないかもしれない平成世代が半数を超えるのだってそう遠い将来ではありませんね。なにしろ麦の国内生産高は全需要の1割にしかならないということでありますから、パンをはじめ各種ケーキ、うどん、ラーメン、ピール、焼酎などの向こうに、広大な中国、ロシア、オーストラリア、中欧、北米の農地を透かし見なければならないはずでありますが、そうした想像力さえ欠如してしまっている現代でありますね。もちろんひとつ麦に限らず、トウモロコシにしろ大豆にしろ、あげくは米さえ同様の道をたどる可能性さえあるのですから、わたくしたちは現実を知るとともに想像力を養う訓練をしなければならないのだと思うのであります。
 というわけで収穫にはもうしばらくかかりそうですが、ようやく麦が色づいてきました。国内生産高の6割を占める北海道では麦の穂が波打って広がる光景を見ることもできるでしょうが、関東の平野部では畑地の一部にほんのわずか、おそらく自家用に栽培しているのが大半ではないでしょうか。
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 日本映画の最高傑作という声もある小津安二郎の「東京物語」(1953年)は、尾道に住む老夫婦が久しぶりに東京で暮らす子供たちのもとを訪ねるのだが、長男と長女は仕事にかまけてあまり歓迎しない。そんな両親を東京見物につれていくのが、じつは血のつながっていない原節子演じる戦死した次男の嫁紀子という話で、なにやら現在の高齢化社会を暗示するような展開になるのでありますね。
 原節子は、この「東京物語」以前に同じ紀子という名前で「晩春」(1949年)に、続いて婚期の遅れた娘役(といっても28歳)で「麦秋」(1951年)に出演し、「東京物語」に続いていく。これらの同一人物設定ではないが同名で出演した映画は小津の「紀子三部作」と呼ばれ、世評高いのでありますね。「東京物語」もすばらしい作品ではありますが、わたくしは真ん中の「麦秋」がより好みであります。小津作品でありますから海外にも紹介され日本映画の評判を高めているのでありますが、この「麦秋」の英語タイトルは「Early Summer」。けして誤りではなく、季節をまさにそのとおり表現した言葉だが、なんだかそぐわない。けっきょく麦秋などという言葉は翻訳不可能なのではないかというのが目下の結論。
 麦畑の広がるラストシーンがやはり印象的でありましたね。
by fuefukin | 2009-05-13 09:53

日常の延長に旅があるなら、旅の延長は日常にある。ゆえに今日という日は常に旅の第一歩である。書籍編集者@福生が贈る国内外の旅と日常、世界の音楽と楽器のあれやこれや。


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