バルカンへの旅——12、ブナ川でフライフィッシング 続
2005年 10月 18日
はじめにモスタルからのタクシーを降りた村の中心へ戻った。陽射しはきつくまるで真夏のような暑さだ。一軒のカフェがあったので、入ってビールを注文する。いくつか種類が冷蔵のショーケースに並んでいた。地元のボスニアのやつを頼んだ。コツンと茶色の小瓶がテーブルに置かれた。
グレン・ミラーはたしか第二次世界大戦の末期、ヨーロッパ戦線で飛行機に乗ったまま行方不明だったかな、なんてことが「茶色の小瓶」のメロディーとともに脳裏に浮かんだ。
ボスニア内戦が終結してからまだ10年。ここは、セルビア人勢力、クロアチア人、ムスリム三者による激しい戦闘が行われたモスタルの街からわずか20キロほどだ。この村からだって夜空に尾を引く迫撃砲だって見えたはずだ。爆裂の音は周囲の山を伝わって耳に鈍く響いたはずだ。この村の人たちはその頃、どんなふうに暮らしていたのか。同じように川は流れていたのだろうか。ビールの軽い酔いとともにいろいろな想像が駆け巡るのであった。 カフェの母親と娘相手に、新書判のセルビア・クロアチア語会話集と地図をたよりに、川のことをたずねる。近くで、歩いて行けるところで、もう少し幅の狭い川はないか。つまり釣れる魚がいるところさ。
身振り手振りに加え、ノートに地図を書いたりして、ようやく前の道路を山の方に歩いて行ったら支流があることが判明した。やれやれである。ブナ川の支流でブニツァ川という名前の川であることも分かった。ここまで聞くのに、もう1本ビールが必要であった。本当にやれやれである。
ブニツァ川まで歩いて小一時間、長靴を履いて釣り竿を持っているものだから、葡萄畑で作業しているおばあさんも、トラックで通りかかった青年も、きょろきょろしていると黙ってブニツァ川の方を指さしてくれるので、迷わずにたどり着いた。陽はわずかに傾き始めていた。
釣り下れば本流に合流するだろうから、もとの場所に帰れるだろうと考え、下りながら要所に毛ばりを流すこと20分、このレポート「バルカンへの旅」の第一回目に報告したように、まるまる太った大きな鱒がわたくしのキャストしたカディスに白い砲弾のように飛び出してきたのであります。参照
さて、本来ならこの鱒はブラウントラウトでなければならないはずであった。だが、何分かのスリリングなやりとりのあと、浅瀬に引き上げた魚はレインボートラウトだ。頭の中を「???」疑問符が飛び交った。ここはボスニアだぞ?
しかしまぎれもなくレインボーだ。北米原産のレインボーだ。
この晩、バスもなくタクシーもなく、歩いて帰るしかないブナ川のほとりから、途中わずかの距離ヒッチハイクで車をつかまえたものの、結局大半を歩いてへとへとになって夜半に帰りついたホテルのバーで、デジタルカメラのモニターを見せながらバーテンダーに魚の名前をたずねると、おごそかに言うのであった。
「この魚はパスツゥルムカ(鱒)である。お前が釣ったのか?」
うなずきながらも、「これは英語でレインボートラウトと言うんだ」と言いかえす。
「いや、パスツゥルムカだ」とバーテンダーはゆずらない。
「パスツゥルムカに間違いない。フロム・カリフォルニアの」と笑って片目をつぶってみせた。
グレン・ミラーはたしか第二次世界大戦の末期、ヨーロッパ戦線で飛行機に乗ったまま行方不明だったかな、なんてことが「茶色の小瓶」のメロディーとともに脳裏に浮かんだ。
ボスニア内戦が終結してからまだ10年。ここは、セルビア人勢力、クロアチア人、ムスリム三者による激しい戦闘が行われたモスタルの街からわずか20キロほどだ。この村からだって夜空に尾を引く迫撃砲だって見えたはずだ。爆裂の音は周囲の山を伝わって耳に鈍く響いたはずだ。この村の人たちはその頃、どんなふうに暮らしていたのか。同じように川は流れていたのだろうか。ビールの軽い酔いとともにいろいろな想像が駆け巡るのであった。
身振り手振りに加え、ノートに地図を書いたりして、ようやく前の道路を山の方に歩いて行ったら支流があることが判明した。やれやれである。ブナ川の支流でブニツァ川という名前の川であることも分かった。ここまで聞くのに、もう1本ビールが必要であった。本当にやれやれである。
ブニツァ川まで歩いて小一時間、長靴を履いて釣り竿を持っているものだから、葡萄畑で作業しているおばあさんも、トラックで通りかかった青年も、きょろきょろしていると黙ってブニツァ川の方を指さしてくれるので、迷わずにたどり着いた。陽はわずかに傾き始めていた。
釣り下れば本流に合流するだろうから、もとの場所に帰れるだろうと考え、下りながら要所に毛ばりを流すこと20分、このレポート「バルカンへの旅」の第一回目に報告したように、まるまる太った大きな鱒がわたくしのキャストしたカディスに白い砲弾のように飛び出してきたのであります。参照
さて、本来ならこの鱒はブラウントラウトでなければならないはずであった。だが、何分かのスリリングなやりとりのあと、浅瀬に引き上げた魚はレインボートラウトだ。頭の中を「???」疑問符が飛び交った。ここはボスニアだぞ?
しかしまぎれもなくレインボーだ。北米原産のレインボーだ。
この晩、バスもなくタクシーもなく、歩いて帰るしかないブナ川のほとりから、途中わずかの距離ヒッチハイクで車をつかまえたものの、結局大半を歩いてへとへとになって夜半に帰りついたホテルのバーで、デジタルカメラのモニターを見せながらバーテンダーに魚の名前をたずねると、おごそかに言うのであった。
「この魚はパスツゥルムカ(鱒)である。お前が釣ったのか?」
うなずきながらも、「これは英語でレインボートラウトと言うんだ」と言いかえす。
「いや、パスツゥルムカだ」とバーテンダーはゆずらない。
「パスツゥルムカに間違いない。フロム・カリフォルニアの」と笑って片目をつぶってみせた。
by fuefukin
| 2005-10-18 14:47
| バルカンへの旅(1)