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しょうが祭り



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 わが家からは多摩川をはさんだ対岸、距離にしたら1キロ半弱、支流秋川と平井川のあいだの丘陵が多摩川の低地に落ちる舌端という絶妙な立地。すぐそばには五日市街道が走って、現在では住宅地の家並に立木が続いて眺望も効かないが、携帯電話どころか望遠鏡などもないはるか中世、近世の時代には、攻め寄せる敵勢などの異変を見張るには絶好の地勢であったろうと想像される。
 二宮神社とはそんな場所にある。もっとも現在のように二宮神社と称されるのは廃仏毀釈の嵐が吹き荒れ、神仏習合の慣習が禁止された明治初年代のことで、それ以前は小川大明あるいは二宮大明神と呼ばれていたらしい。いずれにせよ南北朝時代中期に成立したとされる神道集などにも所載があり、府中の大国魂神社(武蔵総社大所宮)末社の二番目でもあるので二宮と称されて近郷の尊崇をあつめてきたものだろう。このように一宮、二宮と呼ぶ例は全国あちこちに見られる。格式、序列好きなわが国民でありますから三番目くらいになると、三番目であることを秘匿さえするようになるものだが、兵庫の三宮は例外だろうか。早くから開けた神戸らしく、わが国でも早くに地下商店街を開設してサンチカと称される商業地になっているのはご承知の通り。こうなると、地域で三番目のお宮が置かれたことから三宮という知名になって、そこに地下商店街が開かれたので省略してサンチカと呼ばれるようになった、などという由来さえも忘れられてしまっているだろうなあ。わたくしもいまを去ること30数年前このサンチカを訪れたことがありますが、仔細はおぼろな霧の中。
 さて話を武蔵国二宮の二宮神社にもどそうか。毎年9月9日におこなわれる秋季例大祭は、神饌としてしょうがを奉納するならわしがあることから「しょうが祭り」として、境内や参道にしょうがを売る露店が並び、縁起物のしょうがを求める人々でにぎわうと聞いていた。長く近くに住みながらこれまで行ったことがないので、昨夕、仕事帰りに撮影に寄ってみた。神社周辺の限られた周辺に祭りの屋台が並び、夕刻の込み合う時間でもあったので、かなりの人出。休日の原宿竹下通り並だ(最近行ったことはないが)。
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 町内会ごとにいくつかある神輿が担がれて台地の端にある鳥居をくぐり、5、60段ある急な階段を登って拝殿に参拝するのがクライマックスだろうか。太鼓の連打に奮い立たせられるように若手中心の肩に担がれた神輿が境内に上がるとどっと歓声があがる。なかには疲労で拝殿前で崩れてしまう神輿もあり。
 混雑に嫌気がさして早々に引き上げたが、都内では唯一の農民歌舞伎も上演されるというので、それはまた来年。気が向いたらそれぞれの写真解説も含めて、もうすこし歴史を調査して補足してみたい気もするが、まああまり期待しないでください。
by fuefukin | 2010-09-10 10:53 | 歴史散歩

日常の延長に旅があるなら、旅の延長は日常にある。ゆえに今日という日は常に旅の第一歩である。書籍編集者@福生が贈る国内外の旅と日常、世界の音楽と楽器のあれやこれや。


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